飯も奢ってくれない先輩・上司は尊敬するに値しないと思う

  • 2020年3月6日
  • 2020年11月21日
  • 雑記

 

先輩や上司にご飯誘われたから意気揚々と行ってみたら、
「あ、会計は別で」とか言われて「ですよねー」と思いつつもガッカリしたことはありませんか?

 

飯も奢ってくれない先輩や上司は好きか嫌いかで言ったら、嫌いではなくむしろ好きではあっても尊敬するに値しないと私は思います。

 

 

 

 

飯も奢れない大人はかっこ悪い

 

かっこいい大人の要素っていくつかあると思うのですが、私が思っている重要な要素は間違いなく「余裕があること」です。

 

かっこいい大人は本当に大変な状態でも「余裕」というものを常に身にまとっています。懐事情であったり、精神的にであったり。
そのような余裕をもった先輩や上司は結婚していようが、子供がいようが関係なく奢ってくれます。

 

飯も奢れないような人間に師事しても、自分も飯も奢れないような人間になるだけなのです。
尊敬するのであれば不特定多数の先輩や上司ではなく、尊敬できる先輩、上司だけにしましょう。

 

更に飯も奢ってくれない人のほうが、尊敬するに値しないのに先輩面してくるしょうもないやつが多い印象です。

奢ってくれる人のほうが、人間的にも尊敬できる部分が圧倒的に多いですね。

 

 

奢ってくれる人とのご飯は楽しい

 

お金がかからないからという意味ではありません。

 

私は様々な人とご飯を食べに行きましたが、そのときの会話は奢ってくれる人、奢ってくれない人でまったく異なると感じています。

 

奢ってくれる人との会話は、未来の話や楽しい明るい話、タメになる話が多く、
奢ってくれない人との会話は、過去や今の話、不満や愚痴などのネガティブな話、そしてどうでもいい話が多いです。

 

お金よりも大事な自分の時間というものを使って行くのですから、奢ってくれる人、奢ってくれない人、どちらとご飯に行きたいかなんて決まっていますよね。

 

あと、奢ってくれる人と行くお店は美味しいところが多いです。
奢ってくれない人と行くお店は、正直美味しくはないってところが多いですね。

 

 

年上=尊敬されて当然!

 

そんなわけねぇから!!

 

日本には「年上を敬いましょう」という謎の風習がありますよね。

たかだか何年、何十年早く産まれただけで尊敬しなければいけないのはハッキリ言って意味がわかりません。
本当にそうであれば、社会科における歴史の教科書は大変なことになっています。

「100年前にこの地域に住んでいた人の名前をすべて答えよ」
みたいなテストになってもおかしくはないということです。

 

しかし実際は1部の偉人と呼ばれる人達が載っているだけです。
そういった人達は尊敬されるに値することを成し遂げたから、死後もなお尊敬され続けているのです。

 

尊敬するに値しない人を、年上だからという謎の理論で尊敬しなければならないという風習は謎でしかありません。
年上だから無条件で尊敬されてしかるべきなんてありえないことなのです。

 

先輩、上司でも一緒にご飯を食べに行って、奢ることもできないのであればその場では完全に対等であると認識すべき。
「お前」とか「おっさん」とか言われても仕方がないことなのです。

 

 

なぜ奢るのか

 

私自身が先輩から奢られてきた身なので、今度は私がその役割になっているという部分もあるのですが、
1番は先輩と慕ってくれる後輩の恩に報いるためです。

 

たかだか数年早く産まれただけの存在であり、まだまだ成長途中で未熟な私を先輩として扱ってくれるのって奇跡だと思うんですよね。

本当に偶然出会って、偶然私のほうが早く産まれていただけ。
もしも出会っていなければ、すれ違いざまに舌打ちされていたかもしれませんしね。

 

あとは、見栄です。
人間、ある程度年を取ると、これ以上年は取りたくないと思う生き物だと思います。
少なくとも人に飯くらいは奢れるようになる。年を取るのもそんなに悪いことじゃないよ。って伝えたいのかもしれません。

 

奢ってもらうことに遠慮はいらない

 

奢られることが嫌だという人がいますよね。
かくいう私もその1人で、奢ってもらうことを拒否し続けていました。

 

しかしあるとき、今でも尊敬している先輩にご飯に誘われ、会計は先輩が払ってくれたあとにこんなことを言われたことがありました。

 

私 「悪いので自分の分は自分で払います」

先輩「いや、俺に返す必要はない。素直に奢られてればいいよ。君が今後、俺みたいな立場になったとき、次の世代に奢ってあげて」

 

かっこよくないですか!?

 

これを言われてから奢られることに抵抗は感じなくなりました。

その先輩とご飯に行くときは毎回奢ってもらいますが、財布すら出さないのはどうかなとも思うので財布は出します。しかし、開いたことはありません。
開いても100円くらいしか入っていないことがほとんどなのですが。

 

奢られることに抵抗がある人もいるとは思いますが、前の世代から受けた恩は次の世代に返してあげればいいのです。

 

奢りたいと思えるほど可愛い後輩でもない場合は、そもそも一緒にご飯も行きませんが、
後輩とご飯に行くときは、財布は開かせないようにしています。
ほとんど「悪いんでいいですよ」と言ってきますが、先ほどの先輩の言葉をそのまま使って黙らせています。

 

逆にどうしても懐事情が悪いときは、一緒にご飯に行かないようにしています。

 

 

 

最後に

 

ということで、飯も奢ってくれない先輩、上司は尊敬するに値しないという話でした。

 

私は先輩や上司とご飯に行って、奢ってもらえなかった場合は2度と一緒に行かないことにしています。その時間は無価値であると感じているためです。

そんな無駄な時間を過ごすくらいであれば、1人でカップラーメンをすするほうが100倍マシだと断言できます。
100倍だとカップラーメンに失礼かもしれないので、1000倍にしておきます。これに関しては、私が仲のいい人と以外ご飯を食べに行くことはあまり好きではないという背景はありますが。

 

後輩なのだから気を使って当然、とか思っている先輩や上司とはなるべく関わらないようにしましょう。

 

逆に飯を奢ってくれる先輩、上司に出会ったときはお礼をするのはもちろんですが、後日自販機で缶コーヒーでもお返ししましょう。
そうすると、また美味しいところに連れて行ってくれますよ。

 

以上。ありがとうございました!